みなさんこんにちは。 #音ゲーマー達の発信所 Advent Calendar 2015 参加記事として私からは「版権」について一筆したためたいと思います。

私は版権から音ゲーに入りました。『知っている曲がゲーセンの機械から流れている…!?』
それは 「太鼓の達人4」から聞こえてきた「おさかな天国」でした。そこから私は音ゲーの世界へと誘われたのです。

今も昔もゲームセンターから流れ続ける版権曲。
それはどのような意図でゲームに収録され、どのような歴史を辿ってきたのでしょうか? 

それでは版権曲の歴史を紐解きながら収録された意図を見ていきましょう。


1997年11月20日。beatmania稼働開始。


収録曲は全12曲。版権曲はありませんでした。音楽ゲームという当時未開のジャンルであったゲームに

版権曲を入れるという発想すら無かったであろうことは当然の流れでしょう。


では最初に「版権曲」が収録されたのはどの機種でしょうか。


調べた限りでは、「DanceDanceRevolution」(1998年9月稼働)が最古の版権収録機種であったようです。


「アイヤイヤー」でお馴染みの「butterfly」は最古の版権でもあった訳です。


憶測に過ぎませんが、ダンスと言えば洋楽→本物の洋楽を収録しよう→洋楽コンピと言えばDancemaniaだ

という流れで収録がなされたのでしょう。

ここで注目しておきたいのが現代の版権収録の意図である「みんなが知っている曲を収録しよう(以下「高知名度曲」と呼びます)」という意図が

この時点ではさほどウエイトを持っていなかったということです。

(憶測ですが)「洋楽っぽい曲を自分たちで作るよりは本物を入れた方が雰囲気の向上に役立つ」という判断であったのでしょう。

DDRがヒットしたのは版権曲のおかげ、というよりはその版権曲とプレーがキャッチーであったことがその要因であるように感じます。

ともあれここから「音楽ゲーム」と「版権曲」の歴史が始まりました。


では現代のように「高知名度曲を収録しよう」という意図で版権を収録した機種はどれだったのでしょうか?

それは以外にも無名の

ミリオンヒッツ」(1999年12月稼働)

というゲームです。


どこの会社が作ったのかと思いきや制作はなんとナムコ。

カラオケギターという謎ジャンルの通りカラオケ機器制作会社日光堂(→UGA→現在はJOYSOUNDに吸収)との共同開発でそこから現在から見るとまず考えられないような超豪華な収録曲、

そして当時としては常軌を逸した収録曲全100曲(かつ全部版権!)が特徴です。

全部カラオケですが。

ただゲームとしては出来がアレな上にBEMANIシリーズ絶頂の時代故、こんなに収録曲が魅力的にもかかわらず現代どころか当時でも殆ど話題にならず、第一次音ゲーブームの有象無象の中に消えていきました。

ただこのゲームが目指した方向が後のナムコの大看板「太鼓の達人」へとナムコイズムが継承されているような気が私はしてなりません。


ではBEMANIシリーズで「高知名度曲を」という意図があったのはどの作品だったのかと言うと、

「drummania 2ndMIX」(2000年3月稼働)です。

SUNNY DAY SUNDAY / (センチメンタル・バス)やバンビーナ / (布袋 寅泰)などを収録していました。

ギターとドラムのゲームなので実際のバンドやギタリストの曲を収録すれば当然面白いという発想に行き着いたのは

あたりまえの事であったと思います。

後々ギタドラでは提供という形で本人音源の楽曲を収録する、といった流れも起こるようになりました。

ただギタドラに版権が入り始めた当時のメインストリームBEMANI機種(IIDX、DDR、ポップン、ギタドラ)の中でこの流れが広まる、ということはあまりありませんでした。


初代beatmaniaに端を発した第一次音ゲーブームはBEMANI以外全滅という結果へと2001年頃収束していきました。

そんなBEMANIに一矢報いることが出来なかった非コナミ製の音ゲーですが、ここで音ゲーの歴史にも版権の歴史にも欠かすことができない機種が登場します。

「太鼓の達人」(2001年2月稼働)です。

”ゲーセンに太鼓”というインパクト、そして誰もが知るような版権曲。

LOVEマシーンやアンパンマンのマーチと言った定番を抑えつつ

太陽にほえろのテーマのようなそれまでは考えられなかった曲チョイス。

瞬く間にゲームセンターに足を運んだ一般客の心を掴み、真の意味での「国民的音楽ゲーム」の座へと上り詰めていきました。

前述のミリオンヒッツや試作機の収録曲が「軍艦マーチ」であったことなどを踏まえるとナムコ的には版権の収録というのは自然の流れであったのでしょう。


太鼓の達人の登場によって音楽ゲーム界で「版権曲は一般のお客さんに興味を持ってもらい、プレーへと誘うための曲」という使用方針が確固たるもになったと考えられます。


そんな太鼓の達人の流れを見たからかは定かでは無いですが、変化の訪れたBEMANI機種がありました。

「pop'n music 6」(2001年5月稼働)です。

ただ元々ポップではっちゃけたなんちゃってな曲が多かったポップンに沿うように収録曲は「TV&アニメ」、

アニメソングや○○(番組名)のテーマなどでありました。


こうしてBEMANI内ではバンド楽曲はギタドラへ、アニソンテーマ曲はポップンへ、と住み分けがされるようになりました。


2001年以降は大きな変化も無く数年が過ぎていった訳ですが、2005年に特筆すべき機種がBEMANIから誕生します。

「Toy'sMarch」(2005年2月稼働)です。

どうしても太鼓の達人的なポジションがBEMANIにも欲しかった、という事なのでしょう、様々な点で太鼓の達人と似たような仕様が見受けられます。

収録曲も例外ではなく太鼓の達人的にJ-POPとアニメソング、そしてバラエティーと言った具合です。

当時のBEMANIとしてはかなり珍しいセレクトでした。

続編の2でその選曲傾向はさらに強化されましたがマーケティングが悪かったのか筐体設置数も伸びず結局その2でフェードアウトしていくこととなりました。


その後また数年空白期間が訪れましたが、変化が訪れた機種が出現しました。

「pop'n music 16 PARTY♪」(2007年12月稼働)です。

6からずっとアニメ主題歌、TV番組テーマを収録し続けたポップンでしたがこの16で「天体観測」や「粉雪」といった純粋なJ-POPを収録する方針転換が行われました。当時はまだjubeatやリフレクも無い時代だったので、一見プレー率もそこそこあったであろうポップンに一見さんのやりやすい曲を、という意図があったのでしょうか。


ここで音ゲー黎明期からの「高知名度の曲を入れる」という音ゲーと版権曲との関係に大きな変化をもたらす機種が稼働します。

「jubeat」(2008年7月稼働)です。

初代jubeatの版権ラインナップを見てみるとカバー楽曲こそLove so sweet/(嵐)や全力少年/(スキマスイッチ)など有名どころを抑えていますが、提供版権を見るとし表現が悪くなりますが必ずしも万人に知られている訳ではないような曲も収録されているのが見受けられます。しかし聞いてしまえば知らない曲であっても「あ、いいなこれ」と思わせてくれるようなチョイスがなされています。

これは様々な曲、聞いてみるといい曲という版権セレクトがjubaetのコンセプト、ジュークボックスを表現していたのではないかと私は考えています。

jubeatの版権セレクトはそれ以降も磨かれていき、ゲーム自体の人気上昇とともにコアユーザーにはあまり振り向かれなかった版権も「(版権曲)が好き」といった声が上がっていくようになりました。

つづくREFLEC BEAT(2010年11月稼働)も有名ではないけれど良質な版権を収録しjubeat共々オシャレ感の演出に役割を果たすこととなりました。また「また君に恋してる」を初めとした「(『なんでこれなんだよwww』という)笑いの取れる、話題になる版権」を収録してきた事もまた注目すべき事項でしょう。

jubeatの成功により版権曲の果たす役割に新しく「例え有名でなくても良質な版権でコアユーザーからも好かれる立ち位置」という役割が追加されることとなりました。

この後もBEMANI、それ以外問わず様々な機種が稼働しましたが、役割に関してこれ以上のブレイクスルーは今のところ起きていないでしょう。


ただ収録環境には多大な変化が起こっていきました。

まずは「版権曲の共通化」です。

時を経るにつれてBEMANIシリーズ複数機種収録ということも珍しい事ではなくなっていきました。

完全な理由については内情を知らないので考察しきれませんが、収録手続きの簡素化(1度で済む…?)、ゲーム性の異なる複数機種で収録することによって同じ曲でもユーザーに違った角度からの体験をさせる事が出来る、あとは単に人をすごく集めやすい程の高い人気を持っている曲である、ぐらいでしょうか。

代表的なところでいうと全11機種収録の「女々しくて」ですね。これは高い人気を持った事とゴールデンボンバーがインディーズであることが大きく関係したと思います。

次に「ボカロと東方」です。

「太鼓の達人12 ド〜ン!と増量版」(2009年7月稼働)に「メルト」が収録されたのを皮切りに今やボーカロイド楽曲の無い機種は存在しないまでになりました。

もはや音楽シーンの話になってきますが、「ボカロを見て育った世代」の台頭によって「J-POPよりもボーカロイド楽曲の方が一見を含めてもプレイヤーの中で知られている」状態が発生していきました。

当然メジャーアーティストの版権を収録するよりもボーカロイド楽曲を収録していく方が様々なコストが安いでしょうから各社こぞってボカロ楽曲を収録するようになりました。そして2012年9月にはSOUND VOLTEXに東方アレンジ曲が収録。これを皮切りに続々と東方アレンジ曲が収録され、今や収録されてない機種はcrossbeatsREV.とDance Evolution Arcadeぐらいのもので急速に拡大していきました。こちらもターゲット層の人気コンテンツとコストが割安というアドバンテージのおかげで続々と収録がなされています。

(当然これらボカロ東方楽曲の収録はユーザーの要望に応えた、という側面もあります。)
 

そこに追い打ちをかけるように音楽シーンの変化に伴い本当に万人に知られるような楽曲が減少の一途を辿っています。版権曲を収録する一番大きな意味である「一見ユーザーに聞いたことのある曲を収録してゲームへの入り口とする」その意味が失われつつあるようになり、全社版権曲の新規収録曲数は減少傾向にあります。

さらに最近BEMANIシリーズがポロポロと版権曲をこぼす、削除する動きが出てきており、「多大なリソースを払ってまで収録し続ける意味が無い」と判断されたのではないかと個人的には思えて仕方がありません。(ただし版元の意向などのどうしようもない事情も、もちろんあることがあると思いますが)
 

最後に、今は版権曲にとって本当に冬の時代であると思います。しかもここから光が差すかは音楽ゲームの努力は全く関係なくメジャーアーティストの努力次第であるという変な場所にウエイトが乗っている状態が非常に怖いです。

私はやはり音楽を聞かせるゲームで知っている曲が流れることのインパクトがこの世界に足を踏み入れさせる大きな引力となるのだと信じて止みません。「版権曲が全くもって無くなる」といったことは流石に起こりえないでしょうが現状を省みるとそれに違い状況は起こっても不思議はありません。音楽ゲーム各機種に版権を入れる意味が再び湧き上がるような音楽シーンのブレイクスルーを期待して今回の結びとさせていただきます。

最後になりますが予定日を過ぎて公開となったことのお詫びとこの長くてとっ散らかった文章をここまで読んで下さった事にお礼申し上げます。